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■プロジェクトマネジメントの時代 (11/10/2005)

 プロ野球界が、激動の瞬間を迎えている。パラダイムシフト(時代的転換)が、こんなに間近でみられるとは、さすがの私もまったく総合がつかなかった。某東京球団の元社長に代表されるような旧世代の企業文化と、IT企業のトップといった新世代の企業文化との衝突。いま、まさにビジネスの世界で起きているパラダイムシフトを、これほど明確に知らしめるケーススタディはないだろう。

 もちろん旧世代に代表される、密室企業文化の弊害は完全にはなくなっていない。どこかの自動車メーカも、この不透明さが仇となり、再建への道のりは遠い。当然正式参戦が決定した楽天、選にもれたライブドアともに、選定の不透明さを痛いほど感じているだろう。その後もダイエーや西武の身売りがメディアで伝えられるなど、当面は話題が尽きない状況であり、ビジネスのケーススタディとしても面白いと思う。

 しかし私がそれ以上に楽しみにしているのが、楽天のプロジェクトマネジメントである。PMBOK(Project Management Body Of Knowledge)が示す世界を、今、リアルタイムでみられるのである。IT技術者のうち、プロジェクトマネジメントを学ぶ者、あるいは実践する者にとって、これは最高のケーススタディである。短納期で高品質、低価格のプロジェクトが、日々目の当たりにできるのである。最近のプロジェクトは、短納期・低価格の傾向が年々強まっている。その上さらに、従来以上の品質と納期で確実なプロジェクト遂行が求められている。さらに単にカットオーバーに間に合えばよい、ということだけではない。運用後の費用が安く、かつ信頼性の高いサービスが当たり前なのである。これらを考えると、今回のプロ野球への新規参入は、まさに好例かもしれない。

 プロジェクトがプロジェクトであるための要件は、PMBOKには次のように定められている。

  ・有期性
  ・独自の製品、サービス、成果
  ・段階的詳細化

 つまりたった一度きりの仕事で目標が明確であり、有限性の作業で、成果がでて、さらに作業が徐々に詳細化されるものである。その意味で選挙もプロジェクトと定義しているし、選挙以上にプロ野球への新規参入作業はプロジェクトである。

 まずは短納期の観点。11月初めに参入が認められて、わずか5ヶ月間で球団経営に必要なあらゆる準備を行わなければならない。コーチや選手を集めるのは当然として、球団を支える事務スタッフを採用し、ルールを決定し、実際の業務を開始する。業務の範囲はコーチや選手に関することだけでなく、野球に必要な諸資源の調達と維持管理、保管が必要となる。バットやボールからピッチングマシーン、トレーニングセンター、室内練習場、練習中の食事や移動用の車両、薬品や工具、ありとあらゆるものが必要であり、これらが基本的にすべて、試合を行う球場に向けて移動されなければならない。この中の一つが欠けただけでも、試合が成立しなくなる可能性が高いのである。たとえばすべての器具を運んでも、ユニホームが届かなければ試合はできない。選手のホテルを確保しても、スタッフのホテルが確保出来なければ、やはり試合運営は不可能であろう。仙台からの移動は、鉄道、車両、飛行機の多岐にわたるであろうから、それらすべてのチケット手配も必須である。もちろんこれ以外に、球場で販売するノべリティグッズの選定や製造依頼、検品や配布、それらの販売、代金の回収など、これまた異常なぐらいの業務が発生する。広告宣伝も必要だし、リスクに備えた対応も必須となる。これら球団経営に必要なすべてを、楽天はたった4ヶ月で準備し、1か月のテスト(オープン戦)を経て本番に移行するのである。たった一つの失敗が、どれほどのリスクをもつかは言うに及ばずである。

 これらを完全に人力で行うことは不可能である。となると、もっと早くシステムが動かなければならない。膨大な物流システムと、人事管理システム、さらには仕入販売管理システム、会計システムが必須となる。仕入販売管理や会計システム、社内スタッフ用の人事管理システムなどは楽天本体のシステムを利用出来ても、選手評価用の人事管理システムや物流システムに関しては、新規開発が必要なはずである。選手評価は遅れても良いが、物流はほぼ3ヶ月で完成させないと、現実の業務に支障が生じる。なんと、短納期のプロジェクトで、信頼性を要求することか....

 次に高品質の問題。これだけ華々しく登場した球団だから、世間の注目は否が応でも集まる。そこで球団運営に問題があったから、試合ができないとかチケットが販売出来なかった、あるいはダブルブッキング(二重発券)で試合を見ることができなかったでは、ファンから許されるわけがない。不慣れだからお客様に迷惑をおかけしました、業務やシステムに問題があったからユニホームが届きませんでした、では話にならないのである。慣れている仕事でも、これだけのボリュームの仕事を日々行えばまず問題が起きる。それをまったく不慣れなスタッフ同士で、まったく新しい業務を、問題解決の猶予がないタイトなスケジュールで実行するのである。これは強烈な品質管理が必要だと言うことは、想像に難くない。

 最後に費用の点。パシフィックリーグの球団は、基本的にすべて赤字体質のようである。だから楽天も、参入してからずっと赤字でよい、とは誰も言わないであろう。楽天も公開企業である限り、赤字垂れ流しのビジネスを続けていれば、確実に株主からクレームを食らう。最悪は株主訴訟もありえるのである。(本来収益ビジネスに投下すべき資金を、非採算ビジネスに投下し、本来得られるべき配当を失った。)となると、短期間での黒字化と累積赤字の一掃が要求される。その反面、初めてのことを素人同然の人間が行う。普通以上にコストが必要となるのが一般的であり、おそらく当初の想定外の費用も発生するだろう。たとえば仙台球場付近の違法駐車が増えるので、駐車場のさらなる確保が必須となるだろうし、仙台駅周辺の案内カンバンの設置や警備員の増強が必要となる、などである。1年目で経験した業務をもとに、いかに短期間にコスト体質を改善し、翌期にそなえるか。これは本当に大変である。万が一(望むべくなのか)優勝争いなどに絡めば、想像を絶する支出が発生するのではないだろうか?

 こういった問題を極力排除し、成功裏にシーズンを迎え、半年の連戦の後に仕事を終える。これはアプリケーションシステムの問題ではなく、まさにプロジェクトマネジメントの問題となる。どんなに素晴らしいERPシステムがあっても、これらの問題は解決出来ない。問題解決の要は、マネジメントを行うヒト、すなわちプロジェクトマネジメントが、楽天球団の成功の鍵を握っているのである。

 今回の楽天のプロジェクトは、日本のプロジェクトマネジメント史において画期的なものであることは間違いない。プロジェクトマネジメントを学び、プロジェクトマネージャを目指す人間は、ぜひ楽天のプロジェクトに興味を持ち、自ら仮説を立て、検証を行ってみて欲しい。その上で現在のプロジェクトの難しさを知り、リスクを前提としたプロジェクトマネジメントの重要性と、PMBOKが示すプロジェクトの標準化の意味合いを考えて欲しい。

 ITの未来を築くのは、無限に続くプロジェクトがあってこそである。ITの未来は、楽天というIT企業で予想される。

 楽天、頑張れ!