トヨタ自動車が、リコール問題で苦しんでいます。
事の発端は、アメリカでのアクセルトラブルです。レクサスのアクセル不具合を原因とした悲惨な事故を発端に、アクセルの不具合が疑われ、結果的に多くの車種のアクセルのリコールに繋がりました。その後トラックのシャフトにも不具合が発見され、これも大規模なリコールになりそうな気配です。日本では、プリウスのブレーキに問題が指摘され、トヨタの説明は二転三転したものの、結局ブレーキプログラムのリコールになりました。これはハイブリッド車の回生ブレーキに共通する問題のようであり、プリウス、サイといった売れ筋のハイブリッドカーすべてがリコールの対象となっています。
これらは、トヨタ自動車の高度な品質レベルに疑問を投げかける出来事になっていますが、私自身は二つの観点からちょっと興味深い出来事として推移を見ています。
まずは、メディアと購入者や一般人の反応です。米国のメディアは、こぞってトヨタ自動車に批判的な内容のニュースを流しているようです。「トヨタもかつてのBig3同様品質に問題をもっていたのではないか」、「問題があったことを意図的に隠蔽したのではないか」、「リコールまでの時間がかかりすぎたのは経営的な意図があったのではないか」、といったように推測に基づいたかなり批判的な報道となっています。それに対して米国のトヨタユーザや一般人の反応は、特にトヨタに批判的ではなく、むしろリコールの対応をきちんと行うトヨタの姿勢を評価したり、これまでの品質の高さを評価する傾向が強いようです。さらにトヨタに対して不信感を持ったユーザも、次に検討するのがホンダや日産という日本メーカであり、メディアが意図するような米国メーカーの復興に繋がってはいないようです。つまりメディアとしては日本製品たたきの姿勢がすごく見えますが、ユーザや一般人は特に日本製品に悪い印象を持っていないということなのです。
それに対して日本では、それほど強い批判記事をメディアは載せていません。やはり巨大スポンサーとしてのトヨタの力はメディアにも及んでおり、強い批判に対してやや及び腰の姿勢が見えてしまいます。事実としての報道はされますが、それほどトヨタの姿勢を批判する内容ではありません。それに対してユーザの反応は、「不安・不信感」とか「購入の見合わせを検討する」といったトヨタに対して批判的な姿勢が強く表れており、今後のトヨタの動向が気になります。
上記のメディアとユーザの違いはどこから来ているのかは興味がありますが、原因の一つに以前この欄にも書きました「情報の再生産」があるようです。かつて新聞やテレビ・ラジオは、ニュース情報を入手する唯一のメディアであり、そこで流された情報がそれ以上に拡大することはまれでした。同時間帯に流されるニュースすべてを見ることは不可能でしたし。見逃せばそれっきりになる、それが一般的でしたし、ザッピングなんて言葉が流行したのも、そういったテクニックを駆使しなければ複数のチャネルを見ることが出来ないということを証明していました。もちろん情報の流通路としてそれ以外のものは極めて少なく、せいぜい噂や風聞といった口頭での普及しかありませんでした。ましてや自分の意見を主張したり、他人にそれを伝える手段は極限られており、その意味でメディアの意図したとおりのニュース内容が普及していました。
しかしインターネットの出現により、ニュースの情報が爆発的に普及すると同時に、ブログや各種ホームページに再掲載されたりリンクされることで、情報が広く密に普及します。さらにそこでは個人の意見を主張することが可能ですから、さまざまな意見が表明されます。それを参照した人間がさらにその意見に共感し、という具合に、世論が形成されているのが現在です。しかし匿名性の高いインターネットの世界では、一般的意見よりも極端な意見が目立ちます。その意味で徐々にその極端さが伝播してしまい、やがてある意味偏った意見が世論として形成されてしまうのです。記憶にあるのは某若手歌手の発言であり、常識ある大人が考えれば単なる若者の戯言が、その若者を休業に至らしめるほどの偏った世論を形成したことがあります。今回のプリウスの件も、これに近い気がします。
このように今回のリコール問題は、ニュースのあり方と報道の姿勢と同時に、情報の再生産とインターネットの匿名性について、我々に問題を投げかけているように私には思えます。
しかし私自身興味深いと思っているのは、実はもう一つの観点のほうです。それはなにかといえば、今回のプリウスのブレーキ問題は、日本で初めて発生した「感性品質」に関する問題と思える点です。
プリウスのブレーキの問題は、「空走感」にあります。原因として考えられるのが、油圧ブレーキと回生ブレーキ、ならびにABSの切替の問題のようです。それぞれの仕組みについての説明は省きますが、ハイブリッドカーであるプリウスはこの切替をプログラムで行っており、そのプログラムの反応速度の問題からブレーキを踏んでも車が減速しない瞬間がある、すなわち空走感に繋がっているようなのです。
上記の問題は、あきらかな製品の欠陥とはいえません。なぜならブレーキがきかなくなるわけではなく、仮に空走が発生してもさらに強く踏めばブレーキがきくからです。何となくブレーキのききが遅い、反応が悪いという感覚的な問題が本質であり、その対処も「強く」踏めばブレーキがきくという感覚の世界での問題といえます。
もちろん私は、こんな感覚は無視すべきと考えている訳ではありません。つまり工業製品といえども感覚の重要性があり、これまでの品質の考え方では明確な定義が出来ていなかった部分があるということに思えるのです。さらにプリウスの問題は、この新しい未定義な品質についての問題が、いよいよ発生してしまったということに思えるのです。この問題が重要なのは、我々が扱っている情報機器や情報システムは、この世界の品質を強く求められるものであり、その操作感や感覚の違和感について、今後問題が発生する可能性が急速に高まってしまったという点です。未定義だからよいではなく、未定義でも問題が指摘される。となれば我々は早急に、この問題に対処する必要が生じているのです。iPhoneを使い始めて感じた新しい品質が、いよいよ多くの人々に認識される。こういった新しい時代は始まっていましたが、いよいよ問題化してしまった今、真剣にこれを論じる必要性が高まっています。
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先週面白かった日経産業新聞の記事は、以下の通りです。
・ダイヤ製LED 発光出力10倍に 産総研、殺菌効果も確認
・トヨタリコール問題 クルマソフト複雑化、品質に影響
・シンガポール・エアショー 日中新興勢 存在感競う
・小糸工業 業務改善勧告受ける 航空機座席 性能試験で不正
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今週は、どんな一週間なのでしょうか。