先日、尖閣諸島での事件に関する海上保安庁のビデオが、YouTubeに投稿されました。政府が公開をとどめていた画像が、こういった形で世間に
流出してしまい、結局事後対応しかできない結果になりました。この事件の背景や性質について言及するつもりはありませんが、高度情報化社会における情報管理の難しさを感じさせられた事件といえます。
現代において、多くの情報は情報として捕捉された瞬間から記録に残ります。昔は記憶という不確実で変質しやすいメディアしかなかったため、それを伝承するための絵画や文章が発達してきました。もちろん口伝え伝承の専門家である語り部を育成したり、童歌などの方法で歴史や史実を伝承もしてきました。しかしそれらは不確実であると同時にメディアそのものの複製が難しかったため、ある意味管理が容易でした。本当に必要なものであれば蔵にしまえばいいですし、場合によってはその存在を誰にも知られず隠蔽する、場合によっては記憶した人間をも消し去る方法などにより、その情報が漏洩することを防いできました。
やがて輪転機や写真の発明により、以前に比べ情報の複製は容易になりました。とはいえ産業革命期に生まれたものですから、それぞれたった200年前後の歴史となります。そして近年複写機の登場により、より情報の複製は容易になりました。とはいってもゼロックス(コピー機)の登場はいまから50年ほど前ですから、本当に普及するまでにはずいぶん時間がかかりました。私が小学生の頃は、町中でゼロックス(コピー機)があるところなどほとんどなく、大きな企業や官庁に存在するぐらいのものでした。とはいえゼロックスで複写できるのは文字情報や写真ですし、大量のページを複写するにはやはり相当な時間がかかるなど、その複写の手間は決して軽いものではありませんでした。
ところが今からほんの30年ほど前に、企業のみならず一般家庭も含めてPC(当時はマイコンとかパソコンと言いましたが..)が普及し始めてから、その状況が大きく変わっていきます。スキャナやプリンタ、複合機などのPC周辺機が高度化かつ安価になったため、あらゆる分野でそれらが活用されるようになりました。さらにそれらの機器では、文字情報だけでなく画像や音声、動画などあらゆる情報が扱えるようになったのです。いまや携帯やPCをもっていない家庭のほうが珍しいでしょう。そして最大のインパクトは、インターネットの普及です。専用線を有する大手企業は別として、企業や個人が所有するデータは基本的にフロッピーディスクなどの物理的な受け渡しを前提としていました。もちろん専用線を有する企業も、限られた情報のやりとりにネットワークを利用していただけであり、ビジネスの多くの情報は書類やMT、フロッピーディスクなどで物理的に受け渡しすることが基本でした。物理的なやりとりである以上相手は明確ですし、大量に情報を複製することも困難なため、それでもある程度情報はコントロールできる時代だったのかもしれません。
ところがインターネットの普及によって、、あらゆるデータがネットワークを経由してやりとりすることが可能になりました。さらに情報機器が発達し、画像、音声、文字などのさまざまなデータが生産・捕捉される時代が始まります。それらの結果、多くの情報がインターネットを介してやりとりされ、結果的につぎつぎ複製される時代が始まったのです。たとえばテレビのニュース映像はネット上で見ることができますし、携帯電話にも配信されます。意図した配信ですらこのように複製されているのですから、ユーザが自発的にやりとりする情報量は想像を絶する量になります。現在のネット上の総データ量はゼッタバイト規模に届く勢いです。まさに私が十年ほど前から申し上げている、情報の再生産の時代が始まったのです。
いったん捕捉された情報は、必ず複製される可能性が生まれます。さらに一度でも複製が行われれば、もうその存在を消し去ることは不可能になります。今回の事件はYouTubeの投稿から始まりましたが、政府がそのデータを削除しても、結局あらゆる動画サイトに衝突ビデオが複製され、事実上インターネット上から消し去ることは不可能になってしまいました。石垣海上保安庁の物理的なアクセスコントロールがずさんだったことが原因といえますが、それでも今回の事件で、ネットワーク上に情報が公開されればいかなるコントロールも不可能であることが証明されてしまいました。
現在様々な情報漏洩の原因の何割かは、ファイル交換ソフトを起因としたものです。もちろんそこには、ファイル交換ソフトの機能を持ったウィルスの存在もありますので、意図的ではなくともPC上の情報が漏洩する可能性は格段に上がってしまっています。多くの企業や家庭で何らかの経由でインターネットにつながっている以上、情報は漏洩する可能性があります。さらに機密情報であっても、誰かが強い意図を持てばその管理は困難であり、一度でも外部に流出した情報はコントロールすることはできない、というあたりまえのことを我々は認識しなければならないのです。
「解けない暗号はバグである。ネットにつながっている以上、いかなる手段を講じても情報漏洩を防ぐことはできない。」
かつて私のボスが、セキュリティの基本を教えてくれたときの言葉です。となれば、我々はこの原則に立ち返り、セキュリティのあり方を考え直さなければなりません。米国のように、情報は公開されるが原則である、というのがインターネット社会の基本常識です。となると、今後はますます今回日本政府が行ったような密室での対応そのものが否定される社会になっていきますし、その事実を前提に、国家としての情報管理を行わなければなりません。基本的には、すべての情報はデータ化した瞬間に公開される可能性を認識しなければならないのです。
今回の事件は、我々情報技術の世界に関わる全員に重い教訓を残しました。その教訓を生かすか生かせないのかは、皆様の明日からの対応に関わっています。情報管理とはどうあるべきか、新たな問いかけが始まります。
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先週面白かった日経産業新聞の記事は、以下の通りです。
・環境発電部品、一斉に投入 村田製作所 わずかな振動・光・熱・圧力を利用
・米売上高1000億円規模に NTTデータ キーン買収発表
・ディスプレー広告、日本開拓 グーグル 動画・画像、次の柱に
・アマゾン、通常配送無料 書籍・日用品など 物流拠点も増設
・ゲーム機、進む多機能化 通販、地デジもお任せ 携帯にない楽しみ方追求
・米コダックが最終赤字35億円
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・損益分岐点比率高止まり 全日空 重い公的負担、競争力奪う
・国内各社、独自色で参入 タブレット端末 NECやシャープ サービス強化、iPad追撃
・本格回復遠のく IT大手4社 今期業績予想3社下方修正 投資抑制、円高響く
・「企業立病院」経営改善に期待 NTT東:IT導入、情報供給円滑に 日立:役割分担し重複業務削減
・NTTデータ 海外攻勢重い腰あげる 親会社:独自の国際展開 顧客企業:支援体制に不満
・スマートフォンに注力 米フェイスブック クーポンや位置情報 利用客2億人に
・アンドロイド携帯 7機種追加投入 ソフトバンク 裸眼3D機も
・サムスンのタブレット端末 年内に世界販売100万台
・電子機器・サービス、一体提供 シャープ、事業シフト加速 長引く円高海外総攻勢
・CTCのデータウェアハウス クラウド化、月50万円から ネット関連企業向け
・大手出版、ウェブ雑誌続々 多様性でニュースサイトと差異化
・IT用語理解に差 専門家は丁寧に説明を
今週は、どんな一週間なのでしょうか。