薬のネット販売が、またもや揺れています。
もともと薬事法では処方の必要のない薬品について、薬剤師の在籍する薬局での販売を義務づけていました。これは薬局以外の一般店舗で薬品を売ることで、副作用等の弊害が起きないための措置であったといえます。ところがネット販売業者の登場で、インターネット上の薬局でも薬品が売られるようになりました。インターネットは注文・決済行為についてはきちんとした手続きがありますが、表示された注意を購入者がきちんと読んだりその内容を理解できたりといった保証がありません。したがってネットで薬品を購入した人の副作用等が生じる危険性がありましたが、販売可否に関する法的な判断が難しいため事実上黙認状態で販売が続けられました。しかしながらネット販売の急速な拡大で、この状態を放置することは危険ということになり、2009年に薬事法に関する省令が発令されました。これは薬の種類をリスクの高い第1類、リスクが並の第2類、リスクの低い第3類に分類し、第1類、第2類は事実上ネット販売を禁じました。
ところが実際の大手薬局を考えると、昔のようにカウンター越しに薬を販売するのではなく、スーパーマーケットのように薬品が陳列されています。したがって客は自分の症状にあった薬を自分で判断しますし、レジで精算すれば薬剤師の関与が無くても薬を買えます。となると、薬事法改正の根拠である「薬剤師の関与による副作用の防止」が建前になってしまい、ネット販売禁止の根拠が無くなります。したがってネット販売業者は2009年の薬事法に関する省令に猛反発しましたし、大手業者が国を相手に省令の無効を求めた裁判を起こしました。その結果今年の1月に最高裁が省令の無効を認めた高裁の判断を支持したため、事実上ネット販売を規制した省令が無効になり、ネット業者がすべての薬品の販売を再開しました。
この最高裁の判断に対し国側は、新たな規制をつくることで対抗することとし、先日新しいルールが公開されました。これによると劇薬に分類される5品目は完全にネット販売禁止、薬用効果が高い処方薬から転用された副作用のリスクが高い品目については、3年程度の安全性確認後にネット販売を認めるとするようです。この案に対し、政府の産業競争力会議メンバーである楽天の三木谷氏を中心に猛反発が生まれ、今後もこの問題が紛糾しそうな気配です。
政府がネット販売を規制するのは安全性の確保が目的のはず前提ですが、どうもこれまでの経緯を見る限りこの目的が建前であるように思えてしまいます。実は完全禁止5品目のうち4品目は「勃起障害改善薬」であり、購入者が店舗で買うことを憚る薬品ばかりです。レジの店員の目を気にせずにこれらを購入したい客は多いでしょうし、だからこそネット販売でこれらが多く売れることになります。事実Amazonでもアダルト製品は販売されていますし、そういった店頭で買いにくい品目を購入する方法としてネットは便利といえます。さらに3年程度の安全確認後に売られる製品は、処方薬を転用した製品が中心で効果が高い物ばかりです。となると、これらの薬品は間違いなく売れ筋の商品となります。ネットでそれらが購入できないとすると、その売れ筋商品は薬局のみで販売されますから、リアルの店舗を持つ薬局は非常に有利な状態となります。このように考えると、今回の規制はリアル店舗をもつ薬局のロビー活動の結果のように思われてしまいます。
リアル店舗を維持するためには、店舗や販売員など様々なコストがかかります。また商品を並べるために仕入れと陳列をしなければなりませんし、それは在庫リスクや万引きなどの減耗リスクを背負うことを意味します。ネット販売はそれらのコストが大幅に軽減できますし、注文後発送となりますので、極論すれば受注後に仕入れを行うことも可能です。となると、在庫リスクも軽減できますし減耗リスクはほとんど存在しません。このようにネット販売とリアル店舗では大きな差があるため、リアル店舗側がなんとかネット販売を阻止しようとする気持ちは理解できるところではあります。
しかしながらインターネットの普及によって、すべての業種がこの問題にさらされている以上、薬局だけを保護するという考えは理解しにくいことも事実です。ネット販売によって街中の店はつぶれても、薬局だけは国の保護で生き残る、というのは公平性に欠けるように思えるからです。大切なことはすべての業種を含めて、ネット販売とリアル販売の公正な競争環境を作ることであり、特定の業種だけを守ることではないように私には思えるのです。
全国でシャッター商店街が増えることは、生活上も治安上も大きな問題と考えます。かといってネットの利便性を否定する理由は、何もありません。両者の共存の道を探っていくことこそ、我々の社会をよりよい物にするように私には思えるのです。
米国を例に取ってみると、医師が処方箋を発行すると、それを患者が希望する地元の薬局宛にメールで送信されるそうです。処方箋にはリピート回数が記録されており、高血圧などの慢性疾患の場合はリピート回数が切れるまで定期的に薬局で薬が受け取れます。その注意喚起は薬局が患者にメールで行い、そろそろ次の薬を取りに来るように指示します。リピート回数が切れると薬局が患者に継続の希望を尋ね、希望する場合は薬局が医師に継続不可の問い合わせを行い、可能であればまたリピート回数が記録された処方箋メールを薬局に送ってもらうそうです。こうすれば患者の負担は相当に軽減されますし、地元の薬局も客を失うことがなくなります。一方医者の処方箋がいらない薬は、スーパーにも売っています。患者が急ぐ場合はネット販売を利用するよりずっと早く入手できますし、スーパーも多くの商品の一アイテムですから、ネット販売業者を過度に不安がる必要もありません。
このように、ネットを利用した仕組みとリアル店舗を組み合わせ、両者を共存させるアイディアは存在します。日本でも複数の保険会社を取り扱う大手代理店会社が、顧客にあった保険相談を受けることで業績を伸ばし、ネット保険会社と競争している事実もあります。となると、リアルビジネスとITを組み合わたアイディアが今後より求められることを意味しますし、そういったアイディアのある人材を日本中の企業が探し求め、育成しようとしています。数多くの若いITエンジニアが、そういった創造性の高い人材になっていくことを、私は心から願っています。
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先週面白かった日経産業新聞の記事は、以下の通りです。
・車載パネルにスマホ画面 NEC、寝美・映像 無線通信
・格安CPU「巨人」に挑む 台湾メディアテック クアルコムの3〜5割安 スマホ向け原動力
・バニラ、甘くない再出発 国内LCC 1強2弱の構図くっきり 深まるおや頼み 脱皮課題
・IT知財紛争 集団戦 米アップル主導の企業連合 グーグルを狙い撃ち
・分割売却案も浮上 ブラックベリー 再建、不透明感を増す
・楽天「英語」道半ば 企業風土、日本流変わらず
・高齢者、24時間見守り セコムカレアあざみ野
・店舗公認 スマホ販売 衣料のゾゾタウン、パルコと協業 消費者は便利に,商業施設は衝撃
・消費者置き去り 薬ネット販売、市販後3年は禁止 議論紛糾、拙速な決着
・新ルールに反発 会見の一問一答 三木谷・楽天社長 時代の流れに逆行/司法の場で国と争う
・ペプチド注射 主要を直撃 国立がんセンター新免疫療法 動物実験で効果
・電子看板内臓のトイレ グローバルアライアンス 男性向け無水タイプ 効率的に広告配信
・捕らえたF35特需 IHI、日本分38機のエンジン部品生産 100兆市場 やっと一歩
・100ドル以下の端末7割 アフリカの携帯電話市場 サムスン・ソニー、攻略に苦慮
・ブラックベリー買収 レノボCEO「関心ある」
・米レンタル店 全店舗を閉鎖 ブロックバスター
・コンパクト機種削減 デジカメ不振で1〜2割 ニコン
・筑波大や京大がバイオバンク オーダーメイド治療視野
・目の前の段差、音声で注意 視覚障害者向け 東京電気代が装置 転落事故の防止に
・部品のCTスキャン受託 テスコ 3Dデータを提供
・絶好調・楽天に冷水 優勝セール、一部の店不適切表示か 4万点の管理体制に課題
今週は、どんな一週間なのでしょうか。