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Weekly report

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 June First week

 消費税の導入が、先送りされました。

 先日行われた首相官邸での談話で、安倍総理は消費税の引き上げを2年半先送りし、2019年10月の導入を発表しました。これによって来年4月からの導入がなくなったため、胸をなでおろしたITエンジニアや経営者は数多いと思います。しかし日本の未来やさまざまなことを総合的に考えると、またもや面倒な時代が引き起こされそうな気配が高まってきました。

 まず先延ばしのメリットですが、これは経済活動に大きな影響が生じないことが挙げられるでしょう。前回の8%引き上げの際には、消費税前の駆け込み需要が生じました。結果として住宅や家電品が多く売れましたが、実際にはその後の需要の先食いになってしまい、多くのメーカーや企業が多大な影響を受けました。消費税の引き上げによって販売量は激減し、消費税による仕入れのコストは高まったため、より構造的な不況が生まれてしまったのは事実です。今回の先延ばしによって当面のこの危機は回避されましたが、景気が大幅に上向かない限り2年半後にも同じことが起きることが予想されます。となると、現状はまさにデメリットを先送りしただけで、実際は何のメリットもなかった可能性はあります。

 逆にデメリットは、数え切れないほどあります。増税によってこの十数年続いている構造的な財政支出の赤字体制を改革しようとしたのですが、引き上げが出来ないためこれまで以上に日本の財政は悪化します。国債の信用は損なわれるでしょうから、円はますます弱くなっていく可能性があります。このところ円高に振れてきましたが、それによる経済の好転はありませんでした。円高であれば輸出産業はマイナスの影響を受けますが、輸入産業はプラスの影響を受けるはずです。ところがマイナスは減らずプラスは起きなかったところを見ると、円高で安値で資源を購入してもそれを利活用するだけの体力が企業になくなったことを意味しますし、生産された財を消費する力がなくなっていることを物語っています。となると、今後円安が起きれば、資源の調達コストは上がりモノは売れませんから、相当に経済に影響が出そうです。

 それどころかさまざまな社会保険や福祉の財源が不足することで、むりやり新たにお金のかかる仕組みを作り出してしまう可能性があります。財源がなくても支出の仕組みを作ることは可能ですし、その支出によって恩恵を得る人はその仕組みを否定はしません。ましてや公共の福祉のためなどと錦の御旗を掲げれば筋は通ってしまいますから、ただただ政治家の功績を残すための無駄な仕組みが出来る可能性があります。一旦作られた仕組みや制度をお役所は見直しませんから、それありきでますます赤字国債が垂れ流され、ギリシアと同じ破産国への道を歩み出すのかもしれません。

 しかしなによりのデメリットは、我々はITエンジニアにとって、地獄の日々が始まるということです。これまでなんども申し上げた通り、2020年は日本のスマートシティの構築期になります。ここで十二分のアイディアをもとに新しい仕組みを作り出していかないと、世界に輸出すべき新たな仕組みが創造できません。ところがその大切な時期に消費税対応という待ったなしで多大な仕事が発生すると、十分に人材が確保できないことになります。さらに10月という日本の多くの企業にとって期中から引き上げが起きますから、その年度の決算は大混乱が予想されます。9月いっぱいまでは8%、10月以降は10%と8%混在、さらに軽減税率を初めて動かすといったあまりに大きな課題が残りましたから、システム開発や運用に多大な影響が生じることは間違いありません。2020年の決算も油断がなりませんし、オリンピックで浮かれる暇もないほどトラブル対応に追い回される可能すらあります。

 このように一般的な感覚で消費税引き上げの先延ばしは安堵を生みますし、一過的な政権の支持率は高まる可能性があります。しかしその内容を考えると、日本経済にとって大きな問題を先送りしただけであり、それはより大きな影響として我々の生活に跳ね返ってくることを忘れてはなりません。またその影響が予測されるからこそ、我々は少しでもそれらの影響を軽減するための具体的取り組みを始める必要がありますし、それを早く行うことでより確実でよりよいイノベーションを検討・実現する時間を生み出さなければならくなったと私は考えます。

閑話休題

 先月28日に北海道で行方不明になった男児が、無事発見されました。まだまだ気温がひくく野生動物の多い地での行方不明で心配されましたが、本当に無事でよかったと安堵しています。最近稀に見るサバイバリストですし、こういった子供達がまだいることをよろこんでいる老頭児の私でした。