8月に入りました。盛夏のWeekly Reportです。さて今回はちょっと変わった話題です。
先日日本のシチズンが、スイスの中堅時計ブランドである「フレデリック コンスタント」社の買収を完了しました。セイコーの後塵を拝していたシチズンが、世界的なブランドとしてその地位を再確立するための第一歩が始まったような気がします。
世界の時計の歴史は、スイスを中心に回ってきました。乾燥した安定した気候のスイスは時計造りに適した土地といえますし、隣接するドイツのデザインセンス、スイスの高い工業水準を背景に、20世紀の半ばまでスイス製時計が世界の一級品といわれてきました。しかし1960年代に出現したクォーツ式時計が、世界の時計産業の状況を一変させました。水晶発振器を使ったきわめて高い精度のクォーツ時計のプロトタイプは、当初はスイスのメーカと日本の精工舎が開発しました。しかし実用化に成功したのは精工舎(後のセイコー)であり、そのパテントを世界に公開したことから時計業界が大きくクォーツ時計にシフトしていきます。セイコーとシチズンは安定した品質と製品の価格の安さで世界の市場で大きな地位を占めていきますが、そのあおりを受けたのがスイスの時計業界であり、いくつものブランドが閉鎖や売却に追い込まれました。
しかしクォーツ時計は量産が容易な工業製品のため、価格破壊が起きてしまいます。時計は一生ものと言われた時代から消耗品へと変貌していき、相対的に時計の地位が下がってしまいました。逆にロレックスを中心に、機械式時計のブランド化が進みます。時間を知る道具からファッションアイテムに替わると共に、人間の手が創り出す芸術品としての時計のブランド化が90年代から始まっていきます。さらにアラン・ブレゲが18世紀に完成させたはずの時計のすべての技術を凌駕する技術が、ITの進歩と素材革命によって時計業界にもたらされ、時計が新たな進化を始めます。
再び産業としての時計業界が大きく動き出しますが、一つの会社でブランドを確立し安定した技術革新を行うのは資本的に難しくなります。そこで世界の時計ブランドがグループを作り出し、今日の状況になっています。現在世界の機械式時計は、リシュモングループ、LVMH(ルイ・ビトン・モエ・ヘネシー)グループ、スウォッチグループの三大グループが中心となっており、その下に中堅のグループあるいはロレックスのような独立系ブランドが存在します。
しかし実態はスウォッチグループの配下にあるETAという会社が、ほとんどすべてのグループの中心となっています。なぜならば機械式時計の時計部分、すなわちメカニズムそのものはほとんどETA製であり、それぞれのブランドはETAのメカニズムをチューニングし、自社デザインのケースと文字盤をかぶせて販売しているだけだからです。独自のメカニズム(ムーブメント)を開発しているのは独立系時計士を中心とした小さいメーカーが多く、安定したムーブメントを作り出せるのはロレックスやセイコーなど、限られた会社しかありません。スウォッチグループはそこに目を付けETAをいう会社をいち早く買収しましたし、他グループを駆逐するためにETAのムーブメントの提供を停止することを2000年前後から盛んにアピールしています。(独占禁止法の問題等で、2006年、2010年と期限を延ばしてきましたが、現在は2020年で停止されるといわれています。)
そういった流れの中でセイコーは、独自のムーブメント開発を行い、新しい技術との融合で新しい時計を作り続けました。しかしそのライバルであったシチズンは、クォーツの波の中で自社で機械式のムーブメントを作るのを辞めてしまい、その技術を失ってしまっていました。しかし近年配下のミヨタ(現在のシチズン時計マニュファクチャリング)の協力により独自のムーブメント開発に成功し、その地位を徐々に上げています。
その過程で音叉時計で有名となったアメリカのブローバというメーカーを買収していますし、その後はムーブメントのチューンナップメーカーを買収し、今回のフレデリック コンスタントの買収に繋がっています。これによってシチズンは世界の時計市場で大きく活躍することが期待されますし、ETAを有するスウォッチグループとどのように戦っていくのか、またどのような独立ブランドや時計メーカーを買収していくのか、非常に興味があるところです。
このように日本メーカーがイノベーションによって市場を変革させても、その後イノベーションのジレンマに入ってしまうケースは多いように思います。しかし真のイノベータは、また新たなるイノベーションで市場をさらに変革させるのでしょうし、セイコーに引き続きシチズンがどのような戦いを世界に見せていくのか、日本人として、またエンジニアとして非常に興味の引かれるテーマとなりました。また一旦自社内から流出してしまった技術を再度取り戻し新しいと昔と今を融合する姿勢に、学ぶところは多いように思っています。
ガンバレ、シチズン!