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Weekly report

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 September Fourth week

 あっという間に今年も3/4が終わりました。9月第四週の、Weekly Reportです。

 今週もこれといった話題がなかったのですが、少し面白いと思ったのは、iOS11に搭載された「緊急SOS」機能です。これは緊急時に電源ボタンを5回押すことで、緊急通報ができるという機能です。警察や消防署、海上保安庁などに緊急通報ができるようであり、GPSの位置情報も伝えるため対応が簡単になるという機能のようです。これによって緊急時の対応時間が短く出来るメリットがありますし、なにより位置情報が伝わることで警察や消防が正確に現地に到着できるのは非常に便利といえるでしょう。緊急の際は自分の位置などを客観的に伝えることが難しいため、こういった機能は価値があると思われます。

 さらにiPhone自身に自身の医療記録や持病等を登録できるようになり、ロックを外さなくても閲覧が可能になるようです。私のようなどこで倒れるかわからないような老頭児にとっては、生命に関わる情報をいち早く医療関係者が知ることが出来ますから、これまた非常に便利な機能といえるでしょう。

 このようにスマートフォンのハードウェアとしての発達と共に、それを利活用させるソフトウェアの機能向上は必須となりますし、ソフトウェアの機能を最大限発揮するためにはハードウェアも新しい機能を充実していかなければなりません。この相互の競争が、我々の想像を超える新しい機能やサービスを生み出すことは間違いないのです。

 このように今回の「緊急SOS」のような機能は、初めの一歩といえると思います。こういった新しい機能が生まれれば、後は次々と機能が向上します。こういったブレークスルーアイディアがイノベーションの基本であり、これを生み出せる人間が日本には不足しているように思えるのです。

 毎度同じことになりますが、若者の発想力は無限で無敵ですが、その発想を制約する環境や常識が日本には多すぎるように思われます。正解指向の暗記型教育はその最たるものですし、これをようやく改めようとしても、教育の現場を司る人間にこの考えが理解されるとは到底とは思えません。日本で一番優秀な人間の何割かが教員とならなければ次世代に羽ばたく人材を育てることは不可能と思われますが、安定を求めて教師になったり雑事に追われて何も変えられないのであれば、この先は決して明るいとは思えません。本来高等教育であるべき大学も就職予備校と化している今、本当に未来を憂いて教育を変える必要があると思われます。

 衆議院解散が確実のようですが、どの政党も結局は選挙民の受け狙いで教育の無料化や育児支援を打ち出しています。しかし教育を抜本的に変える、そのために公立の小学校から高校までの教師やカリキュラムそのものを徹底的に改革するといった公約を掲げる政党はありません。現在の国民の不満を少しだけ口当たりのいい言葉でだまし、この国の未来のために真っ先にすべきことをどの政党も公約として掲げないのはなぜかと考えてしまいます。

 大学で求められることは、自分の選択した分野について理解を深めるだけでなく、その分野の新しい展開を考察する力を高めること、そのために必要となる自由な発想力と思考力を強めることのはずです。そのためにはそれを可能とするさまざまな知識習得に関する技術を、高校で学ばせるべきです。情報として提供されたものを組み合わせ、自分の考えとして表現する練習を行うのが、高校の教育の目的のように思えるのです。そのためには中学で基礎的な学力と学習の技術を学ばせる必要があります。文章の読解力や表現力、基礎的な計算や各種の実証技術を教え、それを使えば何が出来るのかを理解させるべきです。そのためには、勉強そのものが面白く、何に対しても興味を持てるよう小学校があるべきです。何かを覚えるのではなく、興味を持ったことをトコトン突き止める、そのために現実の社会にでてさまざまなものに興味を持たせるのが、小学校での基本のように思えるのです。

 さらに教師は画一な情報を提供するのではなく、興味を持たせたりそれを拡大するためのヒントとサポートを行う役割を担わなければなりません。評価のための情報提供と、その習得度合いの評価を行うのが教師の役割ではありません。世の中がどんなに素晴らしく、それはどうして素晴らしいのかを教え、その素晴らしさを理解するための技術やヒントを伝えるのが、教師の役割のように思えます。逆に生徒指導や課外活動の引率、さまざまな事務行為は教師ではなく事務員が行うべきですし、教師は教育のプロとしての役割を全うする仕組みが必要になるはずなのです。

 そのような教育現場をつくれば、若者はたくましく育ちます。もちろんその興味が続かなければ、いつでも働き始められるような仕組みを作る必要もあります。その上で、働く過程で不足や興味をもてばまた教育の世界に戻れる、こういった仕組みを作っていくことがこれからの日本に求められるはずです。

 現在の教育に憂いを持っている大人は、少なくないと思います。だからこそ一人一人が小さな声をあげ、それが胎動となって教育の抜本的な改革に繋がることを、私は心から願っています。