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Weekly report

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 December First week

 横綱日馬富士が引退しました。暴行事件を発端にその責任を取り、関取としての現役を去ることになりました。原因は酒席での暴力行為。今回の件は、角界の特殊な事情と片付けることは簡単です。しかしよくよく考えてみると、我々の周りで起きうることかも知れませんし、外野としてではなく我々の身近で起きうるパワーハラスメントの問題と考えなければならないような気がするのです。

 今回の件を、ビジネス風のケーススタディにしてみます。

 A商事は世界中に拠点を持つ日本を代表する商社です。A商事の中でもエネルギー事業部は花形であり、日本中から優秀な社員を集め世界で業績を伸ばしています。

 エネルギー事業部にはさまざまなグループがありますが、グループ間の競争は熾烈です。エネルギー事業部長になれるのは長年にわたりグループを発展させたマネージャのため、各グループは所属するエリート社員を駆使して他グループに負けない業績をもとめて切磋琢磨しています。グループ内での教育は徹底して行われ、信賞必罰は当然です。時にはパワハラとも思える、猛烈な部下の指導もあります。しかし近年では、若手を中心にエネルギー事業部のパワハラまがいのやり方に不満を持つものも多く、若手のマネージャの中にはその社内文化を変えるべきと明言する人もでています。なかでも若手の貴花マネージャはエネルギー事業部の社内風土と因習を嫌い、部門全体の構造改革を公言しています。しかしその孤高の性格と厳しく仕事に接する姿勢が他グループから疎まれる存在となっていますし、同時に貴花マネージャも貴花グループのメンバーが他グループのメンバーとなれ合うことを嫌うことで有名です。

 10年ほど前、エネルギー事業部内では業者とのリベートの問題が発生したことがあります。エネルギー事業部内での簡単な調査だけで全社的な本格調査は行われないまま処分が下り、貴花マネージャの先輩である大竹マネージャと後輩の琴光君が解雇されたました。貴花マネージャは自ら辞表を提示し、この辞表にかけて全社的な公平な調査を行って欲しいと事業部長に直訴しましたが、結局辞表は受理されず二名の解雇と数名の注意で事件が治められてしまいました。このとき以来、貴花マネージャはエネルギー事業部の体制や社内風土に大きな問題があることを認識し、再三それらを改革すべきと主張していました。

 エネルギー事業部では、伊勢浜マネージャの部下である日馬君がエネルギー事業部の中では突出した業績を残しており、やがてはグループ長の席に着くのではと噂されていました。日馬君は海外の名門大学であるM大学大学院でMBAを取得しており、エネルギー事業部内のM大学大学院の卒業生で構成されるM大学MBA会という勉強会の主要メンバーです。メンバーにはさまざまな年次の卒業生が所属していますが、エリート意識が高く他の社員とは少し距離を置いた存在と思われてます。

 貴花マネージャが率いるグループには、同じくM大学でMBAを取得した貴岩君が所属しています。貴岩君の能力には一目置いており、常に目を掛けています。しかし貴花マネージャは学閥であるM大学MBA会を嫌っており、懇親会などには参加しないよう貴岩君には日頃から指導していました。

 先日のこと、定例のM大学MBA会が開催されました。しかし今回はM大学で教鞭を執っており貴岩君の恩師でもあるT氏が参加するとのことで、貴花マネージャの許可を取って貴岩君も懇親会に参加することになりました。懇親会のカラオケ店の席で先輩であり将来の事業部長候補との呼び声も高い白鵬君が、MBAを取得したビジネスマンとしての姿勢を若手に注意していました。その最中に貴岩君がスマートフォンをいじっていることに日馬君が気付き、彼を平手で殴りました。貴岩君は訳も分からず憮然とした態度を取ったところ、突然日馬君がキレて往復びんたをくりかえし、あげくは机にあったリモコンで貴岩君を殴ってしまいました。貴岩君は出血し病院へ連れて行かれましたが、頭部に裂傷があり8針を縫う怪我になってしまいました。落ち着いた日馬君は貴岩君の容態を心配していましたが、電話で大丈夫との連絡が本人からあり、同時に不遜な態度を取ったこちらが悪かったとの謝罪を受けとりあえずほっとしました。

 翌日出社した貴岩君の姿をみた貴花マネージャは驚いて事情を聞きましたが、当初は酒に酔って階段から落ちて怪我をしたと話すばかりでした。しかしよくよく事情を聞いてみると、昨日の懇親会の席で伊勢浜マネージャのところの日馬君に殴られて怪我をしたとのことでした。烈火のごとく怒った貴花マネージャは貴岩君を怪我で休職させると同時に、医者の診断書を添えて警察に傷害罪として被害届を出しました。

 警察への届け出はエネルギー事業部のマネージャ会ではあきらかにされていませんでしたが、社内の噂となり調査が始まりました。すると貴花マネージャが被害届を提出したことは事実であることが判明しました。慌てたエネルギー事業部長は緊急のマネージャ会を招集し貴花マネージャに説明を求めましたが、貴花マネージャは警察の捜査にゆだねるとのことで一切の事情を話しません。貴岩君に直接話を聞きたいといっても、体調が悪く休職しており、体調の回復と警察の捜査が終了後に説明するということを譲りません。懇親会出席者に事情を聞いても、それぞれがそれぞれの記憶と主張を行うため、何が真実かは最後まで明らかになりませんでした。あわてた伊勢浜マネージャは日馬君をつれて貴花マネージャの下に謝罪に訪れましたが、その都度貴花マネージャは外出してしまい謝罪を済ますことは出来ませんでした。

 日馬君はエリートで非常に高い業績を上げていますし、対外的にも非常に信頼が厚い優秀な社員です。その日馬君を処分することはエネルギー事業部の信用を失うことになりかねませんし、今後M大学の優秀な卒業生を迎えることが難しくなります。さらに日馬君と貴岩君の業績を比べてみても、はるかに日馬くんのほうが実績を上げています。貴岩君の能力は高いですが、現時点での実力差は明らかです。しかし事業部長が取りなしても、貴花マネージャは今回はパワハラではなく傷害事件だし、社内のルールでうやむやには出来ないと交渉には応じません。逆に貴花マネージャ以外のグループ内からは、貴花マネージャのやり方は社内のルールに反するし、今後貴花グループとは一緒に仕事をすることもいやだという社員もいます。このままだと懲戒処分ではなく解雇に繋がる可能性もあるため、日馬君に対する同情の声も少なくありません。

 さらにA社では、上級管理職昇格試験に合格した社員は役職定年後、あるいは何らかの事由があった場合は優先的に関連会社のポストが用意されます。しかし日馬くんはまだ受験しておらずその資格はありません。日馬くんはA社や関連会社に残りたい気持ちで一杯ですが、現時点で解雇や退職になった場合、そのA社グループ内に残ることは不可能です。

 そのような状況の中、白鵬君はエネルギー事業部の顧客を集めた展示会の席で独断で、「日馬君と貴岩君を復帰させエネルギー事業部が一丸となって今後も事業活動を続ける。」と宣言してしまいました。エネルギー事業部内ではそのような方針も決まってなければ日馬君の処分も決まっていないため、白鵬君も厳重な注意を受けることになりました。

 この週末にはエネルギー事業部内で、組織編成会議が開かれます。そこでは所属する社員のポジションや顧客の再割り当てなどが行われる重要な会議となります。警察の捜査が終わらない限り日馬君や貴岩君の処遇が決められませんし、その状況で適切なポジションの割り当ては難しいと思われています。そして組織編成会議の当日の朝、日馬君が辞表を提出しました...

 ちょっとながくなりましたが、これがケーススタディです。では皆さまで以下の問を考えていただきたいと思います。

  1.今後日馬君の処遇をどうすべきか、考えてみましょう。

  2.A社として一番望ましい結果はどのようなものか、考えてみましょう

  3.貴花マネージャと貴岩君は、今後どのようになっていくことが予想されるか、考えてみましょう。

  4.殴打事件が起きた時点で、どのような対処が一番望ましかったか、考えてみましょう。

 このケースに明確な回答はありません。なぜならまだ警察の捜査が終わっておらず、起訴・不起訴が不明確なためです。さらに傷害罪で起訴されたとしても、それが即解雇の事由に該当しない可能性もあります。解雇のためには会社の体面が著しく汚されたと立証する必要がありますが、今回のように内部の飲み会での事件ですとそうともいえないためです。となると、事業部長など内部の人間として考えることと、外部の人間として考えることでは、結果が違う可能性があります。また正当なルールに則った判断が、そこにかかわる全員の今後を大きく変えてしまう可能性もあります。ルール通りを主張することは決して間違っていませんが、それでも全員にとって望ましくない未来が予想される場合、我々はどう行動すべきか今回のケーススタディは我々に問いかけてきます。

 答えがない以上、我々は考え抜き徹底的に討論する必要があります。そしてその結果遵法でかつ全員にとって最も望ましい道を全員で探さざるを得ないと私は考えます。今回の騒動は決して他人事ではなく、我々に明日起きうる問題として考えていかなければならないように、私には思えます。